ふてくされてしまう

こんばんわ、ここ数日間でルーティンワークを続けるのがちょっとだけキツくなってきたという話をします。

結論から言うとキツくなる結果、精神的にふてくされてしまうのが問題です。

なんでキツいか、ウォーキングで疲れてるのか?っていったら疲れてる時もあるんですが、疲れながらも歩くのはそんなに苦じゃないんです。キツくなる原因はたぶん朝にスッと起きれない状態になってきてる事にあって。10:00過ぎまで寝てたりします。それが月火水金なら、スケジュールを遅らせるだけで解決するのですが、木土はそうはいかず夜まで作業を持ち越す事になってしまったり、日曜日はルーティンをクリアするタイミングがなくなってしまう可能性があります。

とにかく眠く、ずっと布団に入っていたい気持ち。で、布団にずっと入ってるのって何か乱れを生じますよね。時間も無くなるし。

22日の話ですがその日の事を思い出して見ます。たしか昼前まで寝てた。「逆回りのウォーキング」をしました。「書く事がない」っていう趣旨のブログを書いた。「でっけぇ猫の絵」も書きました。でも、何か満足を得られず、夜になると「今日何も作ってねぇな〜」って気になってきます。DAWとか開いたり閉じたり何回もしちゃったりして「今日中に何かしなきゃ」って気持ちになってきます。もちろん数時間で出来ないレベルの物を作ろうとします。でも、出来る訳ないからインスピレーションを求めて人様の作品を見ると「ああああ〜」って嫉妬とかそういう気持ちが湧きます。「もう、寝るのが一番だな」と思いつつギリギリまでそれを続けます。

こういうのはたまにあるんですが、コレに関して「あ、それはこうだよ」っていう答えをお持ちの方はぜひ教えてください。

ところで今現在、2月のルーティン達成率は100%でして、むしろ漫画も読んでたから150%ぐらいの勢いなんですね。コレについて3月になったら描こうと思ってたんですけど「頑張り過ぎ」なのではないかと思わなくもないです。やってることは大した事ないんですけど、休みが無いのは良くないんじゃないかなぁ〜って、どうかわかんないですけど。

というか、ここまで書いてやっと自分が「ルーティンの不調を前提に睡眠の不調があり、その上にふてくされがある」と仮定していた事に気づきますね。そもそもルーティンは特に大きく変わってないよね。

まぁ、でも睡眠はここ数日変わったよな〜って思うんですよね。睡眠を乱す事何かやったかなぁ?(未解決)

書く事がない

そんな時は「書く事がない事について」書きましょう。

そもそも逆に「書く事がある状態」って、一体ドコに書く事があるんでしょう。僕は基本的には「メモ」ってアプリのトコに書いていっています、iPhoneとiMacで連動させてるんでどっちかを編集すると片方も編集されるヤツです。そこに書いてある物がブログの記事の候補になってます。

ところが、メモに長い事居るけど一向に記事にされないヤツがいるんですよね。たぶん記事にする程の事じゃないメモなんでしょうね。30ぐらいメモがあるんですけど、コレもコレもとスルーしてると書く物が無いんですね。

で、そのメモに居る「書く事」ってドコからやってくるの?って、まぁ日頃の生活と、自主的なインプットでしょうね。起きてりゃ何か出来事は起こるし、何かモノを見たら思う所1つぐらいあるでしょう。そうなんです、たぶん最近インプット少ないし、午前中寝てたら出来事もないし。そりゃ、書く事ないわっていう。

無理に記事を書く必要はないと思うけど、毎日描く努力をしないのはまた違うと言うか。

まぁ、なんだ、今日の記事はハズレですね。そう言う日もあるよ……。

毎日絵に思う所

毎日絵がなんとなしに作品っぽく仕上がってる気がするので、ソレについて。pixivの2月19日、20日。加えて1月17とかの画風です。

作品っぽくとは言っても、これらって大した事はやってないし、どれもほとんど同じ事をやってるだけなんですよね。ただ、作品ぽくなる様な「ポーズ」を取っているつもりではあります、いわゆる「見せ方」ですかね。

これって、一つの「スタイル」という感じの物ですので、この方法ばっかりやっててもクオリティは上昇しないですよね?そうでもないか?熟れてはくるか?でもま、同じ事ばっかりやってても新しい発見は少ない。

しかし、たぶんスタイルがはっきりしているとウケが良い!実験絵や落書きと比べれば見栄えが良いですもんね。

というか、同じ事を続けてやっと「〇〇の人」みたいな認識を得られるんですよね。そうなんすよ。だから描き方コロコロ変えてちゃみんなもどう見たら良いか分かんないわ。

それから、前々から考えたかった事なんですが、「上手さ」ってあるじゃないですか。あれって、どういう条件下にあるかで結構変わって来ますよね。漫画の様にたくさんの絵を期限内に描かなきゃいけない場合の上手さ、アニメーションの様に動きとしての上手さ、油絵の重厚な上手さ、ラフの上手さ。他にもアイデアとしての上手さとかもあると思います。で、「自分はどんな上手さが欲しいのか」が定まってない状態って良くないですよね。さっき言ってた「描き方をコロコロ変える」って事ですね。

何か「自分はこういう絵を描きます」というモノを、今すぐハッキリさせろとは言わないんですが、いずれはハッキリさせないといかんですね。色々描けるってのは武器ではあるとは思いますけど、大概のパターンは作家性、オリジナリティが大事でしょう、と思うのです。

それで、例えば「山口晃さん」とか、認められるまで似た物をずっと描いてたんじゃないかなぁって思います。想像ですけど。他の画家さんもそうです「この人はこういう絵描きなんだ」ってなるまでは、いつか認められると信じて似た物を量産し続けていたのでは、と。そうでなくて突発的に認められて「あ、俺コレ描けばいいのね……?」ってパターンもあるでしょうけど、ずっと描き続けた画家さんの方が多かったんじゃないでしょうか。

今、僕がどんな絵を描くかって全然定まってないんですけど、しばらく似た絵を描こうか、って思ったんです。(出来るかな……?)なぜなら、同じ事を続けている内に自分を知っていくと思うんです。「あ、オレこういうの好きなんだ……」って。コレはコロコロ変えてたら気づけないんじゃないかな?

なんかそんな話。

さよならダンボール解説2

前回は動画内のストーリー裏設定的な部分をお話ししましたが、今回は制作意図とか、表現したかった心情とか的なやつです。たぶん。

始めから「こうしようという意図」があった訳ではないのですが、音と歌詞から感じた事をまた曲にフィードバックを返す、を繰り返していく中に意図的なものはあったでしょう。

全体の意味をネットスラングっぽく言うと「グズグズしてたら引きニートみたいになっちゃってたから本気出した俺、無事死亡」って感じです。まぁ、そんな感じですよね。

ダンボール(姉)にとっての出荷時のダンボールは、秘密基地(?)的なニュアンスを含みます。小高い丘のてっぺんに置かれたダンボールは(もはや秘密ではない)誇らしいもの、宝物、みたいな物で、しょうもねぇプライドの様な物でもあります。たぶん「サッカー選手になりたい」とか「宇宙飛行士になりたい」とか、そういうやつ。そこから見る「煌めくあの光」は活躍してる大人達です。自分もいつかそこで活躍できるという期待でワクワクしている。

あれから、グズグズしてたら街に出るタイミングを失ったダンボール(姉)(どういう事かは過去の解説参照)今だに小高い丘の上でボロボロのプライドにしがみついている状態ですね。何もやってこなかったダンボール(姉)は、琴(妹)と違ってボディも成長してませんね。今頃「煌めくあの光」の中で自分も活躍しているものだと思ってたんでしょう。でも、そんな事なかった。取り返しのつかない時間を棒に振っちゃって、どうしようもねぇ、手も足も出ねぇ。でも、行かなきゃなんないから一念発起して街へ向かう。その時、出荷時のダンボールの破片を持っていく。プライドは捨てきれない、そんな感じ。

街を歩くダンボール(姉)はもうド田舎者です。不安でいっぱい。本来なら何段階かステップを踏むべき所を、直で大穴に向かいましたね。引きニートがいきなり大手企業の面接を取り付けた様なもんです。

いよいよ大穴に突っ込んで行ったら大怪我しますよね。でもヒヨッコ野郎が謎の根性を発揮して頑張ってるのって応援したくなるよね。琴(妹)もそう思ったと思います。

一方、琴(妹)ってどんな気持ちになってたんでしょうかね。自分が不良品と知らされた時とか。不良品じゃないのにダラダラ遊んでる姉が憎いとか。でも姉のいい所も知ってるから憎めないとか。たぶん、ダンボール(姉)よりも感情の振れ幅は大きかったんだろうなぁって思います。

そんな感じでして、なんでしょうね、「引きニート」に例えはしましたが、他のものにも当てはめて考えられるかもしれませんね。僕の場合「引きニート」がしっくり来てるんですけどね。そういう、何かを意図して作った感はあります。

言葉と事実

昨日の是は、今日の否。先日「ボカロ卒業制作」とか言ってましたな。そういう事を考えたのは間違い無いです。でも、そうなるかは別の話です(え?)じゃあ、軽く書くなよっていうのは、たしかに、そうですけど。要は「どうなるかはわかんないね」っていう……。

という事で、今日は言葉と事実の話について思う事をついでに話すんですけど、そもそも言葉って事実とは関係ないですよね。例えば、頭上に空があって青かったとします。あぁ、青いなぁ。って時にそれを表す為に、「あ」「お」って音を続けてあの空の色と関連づけた、ついでに「青」って形を「あお」という音と関連づけて記録もできるようになった。でも「あの空の色」と「あおという音」「青という形」たち。これらは全然関係ないし僕らが決めた事ですね。(だから言葉は浮いていて(?)「赤い青」なんて矛盾した表現も出来てしまうけど、現実にはそんな状態ないし)多分こうやって文明的なものになって言ったんでしょうけど、だんだん行き過ぎていきますよね。例えば、「責任」とか?「保証」とか?なんていうか、ねぇ、僕らの中にしかねぇよなっていう。じゃあ、それらは要らない物かっていったら、無いと人間らしく生きれない気もしますけどね。

にしても、「言ってる事」と「やってる事」に対してみんな一致を求め過ぎてませんかねぇ?どうかなぁ、僕が言ってる事は無秩序過ぎるかなぁ?言動一致してる人の方が信頼されるのも理解できるしなぁ。結局なんだろう、元々言動は一致させようとしなきゃしないけど、させた方が色々信頼とか得られるし、一致させれるならさせた方がいい。でも、そんなシッカリした人多くはない。なのにシッカリした人を基準にみんな判断してしまって「嘘つき」がいっぱいに見えちゃうのかな?でも本当は「普通の人」がいっぱいで、一部の優秀な人間が「言動一致してる異常者」なのかもね。

でもね……

でもですよ、やりたい事があるのは良いですよ。それに向けて頑張るのも良いです。もし、そのやりたい事が上手く行くのであれば何も問題ないんです。でも、沼の様にはまってしまう一方で何も成しえない様な事になったら、そのやりたい事の為に不幸になったら意味ないよね。

タバコだってやめられなくなったりするし、DVとか、いじめとか、パワハラとか世の中非合理的はたくさんあります。やりたい事が輝いていてもそれは恐ろしい黒光りかもしれないですよね。仕組みは、いわゆる苦行者と近いのではないかなって思います。「私のやりたい事、それこそが私の人生においての全て、楽しくなくとも問題ではなく、この苦しみこそが私の人生!」みたいななんか価値観狂っちゃったら辛いだろうなって。なんかありましたよね「貧乏じゃないと強くならない」とかなんとかそういう話、なかったっけ?ねじ曲がってますよね。

絵が辛いなら楽しむ方法を探してもいいし、辞める方法を探してもいいはずなんだと思います。

人が生きてるこの社会、やっぱり「人」という物がとても大事ですね。

たとえば、「技術があって人付き合いが下手くそな人」と「技術がなくとも人付き合いが上手な人」が居たとしましたら、強いのは確実に後者ですね(ここで言う「強い」の意味は察してください)まぁ、技術も才能もお金も、何にせよ「人と人との間の上に意味を生じるもの」なのだと思いまして。

そういう風に思い始めた昨今ではありますが、いまだに、人との繋がりが上手く回り始めたとは感じれずにいます。私の絵や音楽を欲している人にそれを届ける事や、志を同じくする人と共同制作する事など。それらをもっと感じ取りたいという事です。

ズバッというと、作品はお金になってほしいし!!イカした仲間とコラボもしたい!!という事ですね。

それらを達成するのは、たぶん、人のポジションだと思うんですよね。僕の作品をたくさんの人の目に映る所に置いてくれる人がいれば、それを売ろうとしてくれる人がいれば、なにかそういう事なんじゃねぇかなって思ってます(最低限の技術とかはアレですけど)

そのポジションに行くのは、押し合い圧し合いでは到達できない、何か波乗りの様な物を感じますね。つまりたぶん、自分がどう見られているかを自分でどこまで客観的に見れるか。みたいな。そこを感じながらどんどん自分をアップデートして行くんでしょうね。出来る気がしないね。

まぁ、でもこうやってブログを書いたり、絵を描いて公開したり、それが良い方向に転がってる気がせんでもないですね。

コンビニのおにぎり

みなさん、もしかしておにぎり奥から取ってます?取ってない?失礼。でも、奥から取る人いますよね。今日はコンビニのおにぎりの話を書いておこうと思います。

まず、おにぎりなんですけど、あれ、仕入れ値いくらぐらいか知ってますかね。僕もコンビニで働いてて知った、という訳ではないんですが、100円で販売してたら70円ぐらいが仕入れ値みたいですね。じゃあ30円儲けがあるか?つったら本部が20円ぐらい持ってくみたいですね。なので利益は10円ぐらいみたいです。

今回話したい問題は廃棄の話なんですが、そう、廃棄っておにぎり捨てるやつです。700円でおにぎり10個仕入れたとします。8個売れたとして利益が80円。売れ残ったおにぎりが2個なら、廃棄するおにぎりは140円?正確にはこんなにシンプルな計算ではないみたいですけど、まぁおにぎりがそういう存在である事は間違い無いようです。

とにかく弁当やおにぎりってのは期限が短いので廃棄リスクが高い。そうすっと弁当おにぎりカテゴリ内だけでは赤字なんてしょっちゅう、みたいな感じらしい。

逆に期限の長い物は稼ぎになる様ですね。そうやってコンビニは成り立っているみたいです。(ちなみにドラッグストアは期限が短い物が少ないらしいね)

まぁ、食品が廃棄された後は家畜の餌になるみたいだけども……という話でした。

電子レンジはミスらない

なんか、どっかのラノベみたいなタイトルですね

人が作業してるとミスは起こりますよね。ヒューマンエラーというヤツです。これはどうしようもない事ですよね。減らす事は出来てもゼロには出来ないし。新しく取り掛かった事に対してはなおさら起こる事ですよね。

でもミスをミスにしない方法があります。つまり、ミスできない仕組みを作っておくという話です。

この話の例えとして「電子レンジ」を持ってきます。仮に「電子レンジが稼働中に扉を開けてしまい電磁波が漏れてしまう」をミスとします。みなさんもうお気付きだと思いますが、開けたら止まりますよね。電磁波に漏れる漏れないの選択肢は無く、漏れる事が出来ない仕組みになってますよね。

普段やってしまいがちなミスなども、ミスできない仕組みを作る事が出来ればいいね、っていうやつ。

動画マン(2)

今日は過去に言っていた「タップ割り」の話をします。画像たっぷりです。

まず、前提としてアニメーションを作る時の紙の状態からです、次の画像をご覧ください。

一番下に原画をクリンナップした1の絵、二番目に原画をクリンナップした3の絵、一番上にこれから書く2の絵という形になっています。(中割りは1枚と仮定)

仮に1と3にこんな感じに星が描かれていたとしたら、2にはこの赤い星の様な絵が必要ですね。

重ねてみると、こんな宙ぶらりんの位置に星を描かなくてはなりません。

では、とりあえず、重なった状態でポイントの中間だけ取ります。ここは重なった状態でないと細かいブレが発生するので気をつけて。

こっからが「タップ割り」の技です。「大まかに割ったポイント」と「タップ穴」を目安に絵を重ねてしまいます。

タップ穴がキレイに並んでいる状態をキープして、クリップや磁石で固定し、そのまま絵を割ってしまいます。

割ったものをクリンナップ。

重ねてみると、形のニュアンスを失わずに中央で割ることが可能です。

以上、「タップ割り」の話でしたが、コレはデジタルではかなり面倒です。アナログ向けだと思う、たぶん。

それと、1と3の絵の動きが狭いものでコレをやるとズレが生じる可能性があるので、割り幅の狭い絵は普通に割りましょう。解ってない方はなんでもかんでもタップ割りすれば良いと思ってるフシがありますが良い子のみんなは考えたら分かると思います。