完成ってなんだ?

絵の完成ってどこだろうか?

僕は絵を完成させる力がすごい弱いんですけど、その理由は他の記事などから察してもらうとして、そもそも「完成」って何かを考えようと思います。完成って基本的に描き手の中にあるんじゃないかなぁと思うんですけど。度合いもありますよね、つまり妥協など。昨日の記事に出て来た「女剣士A」は実は妥協が発生しています。マントや服に装飾や刺繍を施したい気持ちがあったんですが、手を抜いたんですね「ここまでやったらいいだろう」って。僕の中での「完成」は、装飾や刺繍がもうちょっとあったんですよねー。それは案の定、友人に「柄とかがあった方が良いと思う」とは言われてしまいました。見れる作品だとは思うんですけど、やっぱり「完成」ではなかったみたいです。ここで不思議ななのは「完成」は僕の中にあるはずで、ある程度それはイメージ出来ている事なのに、そこに至る前に「満足」してしまっている事ですね。これはどう言う事でしょう。

満足

これってたぶん、過去の自分の絵と比較していますよね「過去の自分を超えた今日の自分はくやった、もうここまででいいよね」という。まぁ、それは及第点だとしよう。でも、やっぱ「手を抜いた」って事なので気をつけて行きたいですね。

ところで

って、この「気をつける」ってやつがダメなんすよ。具体的に「何をどうやって防止するか」が大事なんですよね。そりゃあなかなかすぐに対策浮かばないんですけど、対策がなくても記事は出さなきゃいけない、なので今日の所はここまでなんですが……。

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