プロの仕事

「プロフェッショナル」は「職業的」らしいので、「プロの仕事」は「頭痛が痛い」みたいなもんです。

それはそうとして、プロフェッショナルはアマチュア以上の技術や知識をもってないとダメそうな雰囲気もありますが、実際アマみたいなプロもいればプロみたいなアマもいるですよね。きっとそう。

そうすっと、上手いのにプロになれなくて、もがいてるのがむなしくなる人もいれば、平気な顔で楽な仕事でお金がもらえる人もいる。
そうなんじゃないかと思います。

最終的にはどうやって「仕事にするか」にかかってる気がしますね、上手い下手じゃなくて、自分のやってる事をどれだけ商品に仕立てられるか、みたいなそんな気もする。環境が良いと仕立てなくてもやってる事が商品になっちゃうんだと思います。

条件が良くて成功してる人は、どんなに努力しても覆せない環境で必死になってる人を簡単に「努力不足」と切り捨てられるだろうし。
条件の所為にして努力を諦めた人は、成功者を悪人だと決めつけるやろし。

いや、そもそもお金を稼ぐのに善も悪もない気もするよね。
イベントでコピ本を売って手に入れた500円と、おごって貰った500円は、どちらも「500円」で価値は一緒。
仕事である以上「円」がベースで動いてるから「嬉しい」とか「楽かどうか」では補いきれないものがある。
楽しいからって時給100円だったら楽しくないよ。
キツくてつまんなくても時給10000円だったらちょっと楽しいよね。

僕らは自分の人生の時間に値をつけて、やるかやらないか決めてんの?

でも、「自分が生きてるついでに円が発生する」っていう仕組みがあったらいいなって思う。それを実現したいよね。
無茶言ってるつもりはない反面、無茶だとも思います。

自分をほっといたら絵描いたり、曲作ったりすんの。それが円になったらいいの。
でも、遊んでる様なスピードじゃダメなんでしょね、モリモリ作らなあかん。
でもそれが「自分が生きているついで」にならないんなら、ついでじゃなくなるね。

意味がわからん。

頑張って普通にする話

違和感が見える、見えないとか

絵とか描く時に違和感が見えるか見えないかの目を持ってない人は、どんな絵を見ても割とすごいすごい言いそうですけど、たぶんこの人は絵の品質は見てなくて「自分には出来ないから」という点ですごいって言ってる。いや、何となく大変さを感じるのかも?
違和感が見えてないけど、どれもこれも大した物じゃないと言う人は絵が嫌いとか、価値を感じてないとかかな?
どちらにしても違和感がわからない人にとっては絵は全部同じもの。とはいえ、ある程度品質を見分ける目はほとんどの人にあるはずかなぁ、と思います。

絵を描く側

絵を描く時に違和感を感じる部分は直さなきゃ品質が上がらない。(違和感を使う場合はよくわかんない高度な話でしょうので置いておきます。)
この時の違和感は頑張って頑張って直してマイナスからゼロになる感じ。あっち向いてる右目とそっち向いてる左目を両方とも同じ方向に向けてゼロ、「普通」になる。
現実の人間の目線が整ってるのは普通だけど、絵を描きたての人の絵は目線が整ってないのが普通ぐらいの勢い。
絵を描いたことない人は「目線は整えないと整わない」のを知らないので、「目線が整ってるね!」なんて褒めない。
絵を描いたことある人は「目線は整えないと整わない」のを知ってるけど、「ん〜、ちゃんと目線を揃えて描いてるね〜」なんて甘い事は滅多に言わない

頑張って普通にする。

逆に、コメントが無いのはツッコミ所が無い普通の絵。頑張って頑張って描いた普通の絵だ。そこからがスタートなんでしょうねぇ……。

普通の仕事

たぶん普通の仕事はこれがほとんど。電車が普通に来る。ランチが普通に出てくる。普通にテレビやってる。とか。
特に誰も褒めない、普通だもんね。仕事だもんね。でも分かってる人は多いはず、そしたら労うのね。ありがとうとか、おつかれさまとか。